蛇も蚊も~執筆:鶴見歴史の会 箸 秀子さん

蛇も蚊もは、約三〇〇年前に悪疫が流行したとき、萱で作った蛇体に悪霊を封じ込めて海に流したことに始まると伝えられています。
この行事は、端午の節句の行事とされ、明治の半ば頃から太陽暦の六月六日になり、近年は六月の第一日曜日に行われるようになっています。
萱で作った長大な蛇体を若者・子供がかついて 「蛇も蚊も出たけ、日和の雨け、出たけ、出たけ」と大声に唱えながら町内をかついて回ります
もとは、本宮と原で一体づつ作り、本宮のものが雄蛇、原のものか雌蛇だといって、境界で絡み合いをさせた後、夕刻には海に流していましたが、現在は、両社別々の行事となっていす

目次

生麦の蛇も蚊も

1.名称
「ジャモカモ」 とよばれている。 普通は 「蛇も蚊も」と表記されている。 横浜市指定民俗文化財 「蛇も蚊も」 平成4年11月22日指定

  1. 伝承地
    鶴見区生麦。 かつて御菜八ヶ浦の一つに数えられた漁村。 昭和48年に漁業権 を放棄するまで東京内湾で漁業が行われていた。 現在1丁目から5丁目に区 分されているが、かつては本宮地区と原地区からなっており、この旧本宮地 区と原地区が伝承地である。
  2. 実施の期日と場所
    明治中期頃までは一つの行事として行われてきたと伝えられているが、 現在 は旧本宮地区と旧原地区がそれぞれが祀る道念稲荷社と神明社を中心に 「本 宮蛇も蚊も保存会」 と 「生麦蛇も蚊も保存会」 によって実施されている。 期日は原地区、 本宮地区ともに6月第一日曜日を祭日としている。 明治中頃 までは6月の旧暦端午の節供に実施していたという。 その後6月6日になり、 その日は生麦の子供は学校を休むことが許されていた。 戦後しばらくして6 月の第一日曜日になった。
  3. 行事の内容
    茅を使って作成した蛇を子ども達が担いで 「ジャモカモデタケ ヒヨリモア メケ」と唱えながら地区内の家々を払って歩き、 蛇を海に流す行事である。 漁業が盛んだった昭和30年頃までは蛇を漁船に乗せて東京湾の中まで引い て放流していた。 航行の障害となるとの理由で中止となった後は、子ども達 が担いで海に流したが、近年はそれぞれの神社境内で焼く形をとっている。 また、かつて一つの行事として行なっていた時は、 本宮が角のある雄 (男蛇)、 原が角がない雌 (女蛇) を作成し、 地区を払って歩いた後両地区の境で二体 を合流させてから海に流したという。

原地区の蛇も蚊も ~「生麦蛇も蚊も保存会」

茅刈り
祭日の一週間前の日曜日に茅を刈り、 干場に祭日まで干して乾燥させる。 近 くの鶴見川沿いで採取できなくなり、近年は採取できる場所を求めて遠くへ 出向くという。 平成20年度は一週間前の朝、 保存会の役員が二班に分かれてトラックで前から依頼していた旭区の産技術短大の敷地内都筑区川和台 の空地へ行きを刈った。 その間別の保存会員が神明社境内にパイプを組め シートを張って作っておいた干場へ運んで干した。

蛇の製作
祭日の早朝から神明者境内で二体を製作する。 境内に茣蓙を敷き乾燥した茅を運び込んで編むが、まず頭が本殿側になるように芯となる太い藁縄を何 本か出来上がりの長さに張る。 この芯縄に芽を巻きつけ藁縄で固定するとい 工程を繰り返して太さ約30センチ、長さ20メートル位の胴体を作る。次 いで頭と頬となる二枚を茅で網代に編み、 菖蒲の葉で編んだ舌と合わせて頭部を作り、用意しておいた日、角、尾の先に剣つけて完成する。目は バイ貝、 耳は枇杷の葉、 角は境内の神木の枝、剣は板で形作り紅色に塗る。かつ では雄の一体を作成していたが、 本宮地区と別に行なうようになって雄と雌 両方を作成する必要から二体作成するようになったという。


神事と巡行
午後完成した蛇を本殿に奉納し、 杉山神社の神主による神事を執り行う。神事の後、旧原地区内を二手に分かれて練り歩く。 一体は原西自治会・住宅地町内会に生麦地区まで、もう一体は柳町町会・原東町内会を練り歩き夕方社殿 に戻る。 子ども達は蛇を担ぎ 「ジャモカモデタケ ヒヨリモアメク」と えながら地区内をめぐり、希望する家には蛇の頭を戸目に差し入れ菓子など を貰う」

戻ってくる


蛇の炊き上げ
祭日の翌日朝、神明者境内で蛇を焼く

本宮地区のジャモカモ ~「本宮もも保存会」

①刈り
祭日の二週間前の日曜日午前中かけてを刈る。 保存会の20人ほどが鎌 を持ち茅場に行き、10センチほどに束ねた束をを200ほどを刈り取り、 保存会員の倉庫を干場に借りて陰干しする。茅刈りの間に残った会員が干場に架台をつくり、蛇の芯となる縄を切断する。 縄は胴体、上顎、 下顎、 引縄用に必要本数が揃えられる。 縄は現在既成品を購入しているが、以前 大勢で手で縒り、次いで打瀬網に使う網をなう道具を使って編んだとい う。一週間の間日々茅の乾き具合が均質になるよう手を入れる。
②蛇の製作
祭日の一週間前の日曜日、朝から稲荷社境内で三体を製作する。 造り 方は原地区とほぼ同様だが、異なるのが胴体作りの方法で、まず芯となる縄 に叩いて柔らかくした茅を巻きつけ太くしたものを三本撚りあわせて太さ約10センチ、長さ15メートル近い胴体を作る。頭、耳、目、角、剣、 引き網をつけて出来上がる。 かつては一体であったが、原地区と別に行うよ うになり30メートルぐらいの大きなものを二体に、さらに近年は三体作るようになった。

③神事と巡行
祭日の朝、道念社本殿前に一対の「正一位道念稲荷大明神」を立て三 体の蛇をトグロを巻かせて祀り、神酒、鏡餅などを供える。 杉山神社の神主 により祝詞奏上、お祓い、玉串、 お神酒清めと神事が執り行われ、保存会会 の三体の蛇が子ども達に担ぎ出される。 高張提灯 生麦囃子保存 会によるお菓子、神主に先導されて鳥居を潜った三頭の蛇は、三地区に分か れて旧本宮地区内を巡る。 「ジャモカモデタケヒヨリモアメケ」と唱えな がら蛇をくねらせ、各戸口に着くと神主のお祓いの後蛇の頭を差し入れて「わっしょいわっしょい」 と囃し立てる。

かつては新妻を迎えた家では「嫁け、嫁け、○○さんちの嫁け」と囃し立て たり、家の土間を走り抜け、井戸水をかけられたという。 地区内を巡った三体は生麦小学校の校庭に集結する。 囃子が囃される中、三 体の蛇は校庭の中央に頭を向けて放射状に位置し、太鼓の合図で三体のが三回絡み合い、蛇には盛んにホースで水がかけられる。 校庭を出た三体の蛇は揃って原地区との境に行き神事を執り行った後、囃子の車、手踊り、高張提灯、神主、保存会役員と続いて掛け声をかけながら 「蛇も蚊も」と かかれた横断幕の架かった道を稲荷社に帰る。

三体のが三回絡み合い、蛇には盛んにホースで水がかけられる
原地区との境に行き神事を執り行った


④蛇の炊き上げ
稲荷社に着いた蛇は境内で焼かれる。 蛇が地区内を廻っている間に地面を掘り窪めて火壇を用意しておき、 三体のうちの一体の頭を切り離して焚き上げる。その間獅子舞 、手踊りが舞われる。 蛇を担いだ子ども達には用意した 餅が配られる。

由来伝承

  • 原と本宮の境に大きな蛇が流れついて、その後悪い病気が流行ったので悪疫退散のため、その蛇を象って村中を歩いた。
  • 近隣に悪い疫病が流行ったことがあったが、その時ジャモカモをやっている生麦だけは死者が出なかった。
  • 大蛇を担いだ子供は身体が丈夫になる。
  • 生麦ではこの日まで子供が海に入るのを許さなかった。

などの言い伝えがある。

「疫病退散、豊作大漁、子どもの健やかな成長」

この記事は鶴見歴史の会の箸秀子さんによって執筆されました

動画でご覧ください 原地区の蛇も蚊も

動画でご覧ください 宮本地区の蛇も蚊も

鶴見歴史の会
箸秀子さん

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